開運

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運が開けると書いて開運。外国の事は知らないが日本人にとって非常に存在価値のあるものではないだろうか。いわゆる大多数の日本人は無宗教とされている。実際に葬儀の際にはじめてうちは浄土真宗だ、禅宗ではないのか?という話が出たりする。神社に先祖の供養をお願いしてみたり、仏に商売繁盛の願掛けをしたりとまさに滅茶苦茶である。そういった思想の一つとして「運」があり、それが開ける、ここでいうのは情況が好転する事に対して偶然の何かしら実態の無いものからの影響により物事が動いているかのような、一種の錯覚であり、拠りどころを何にでも求める日本人の習性なのであろう。一種の宗教である。
物事には原因、過程、そして結果が発生する。様々な要因があり、周辺環境、状況変化により色々な結果が発生する。その中で当事者にとって好都合な事柄が発生し、受け入れる時点で、運が開けた、開運だと認識するのである。結果だけを開運として認識するので、神社等で開運祈祷、開運お守り、はたまた開運旅行、開運置物とまさにやりたい放題、野放し無法地帯といった状況が発生する。しかし、当事者が開運というものを信じている時点ではそれが科学的に根拠が無い物であったりしても関係ないのである。信じるものは救われるの精神である。他人の余計なおせっかいは不要なのである。



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